カワタツブログ

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【明石城】姫路城よりも敷地が広い?江戸時代からある坤櫓の中に入れる!

 

 

明石焼きを食べた後、明石駅の北側に移動。

 

 

tatsuyakawakami.hatenablog.com

 

 

明石城を見に行きました。

兵庫県やその近県に住んでる人は、

 

明石城って、明石の駅から見えるけど、

そんなに良い城なの?」

 

という感覚ではないでしょうか?

僕もそんな感じでした。

しかし訪れた後は、

 

「事前に想像したよりも古く、

大きな城で楽しめた」

 

という感じです。

 

ここでは、

 

明石城ってどれぐらい広い?」

 

明石城の石垣の上からは何が見える?」

 

「坤櫓の内部に入れる?

見学の時間は?

何が見れる?」

 

明石城はどんな目的で作られた?」

 

という事に焦点を置いて書いていきたいと思います。 

 

 

 

 

 

 

明石城は姫路城より敷地が広い?

 

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明石城は新快速に乗った時、

明石を通る時によく見えてます。

 

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「そんなに大きな城でもないはずだし、

サクッと見て堺に行くか〜」

 

位の軽い気持ちでいました😅

 

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そして城の敷地内へ。

 

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え?姫路城より広い?

 

どれどれ…?

 

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「あれ??明石城、めっちゃ、 デカくない?」

 

この写真で伝わりますでしょうか?

ここまで結構歩いてきたんです😅

 

1km位?

 

電車から見たら小さく見えたのは、

 

単に遠くにあったから。

 

近付くにつれて明石城の大きさが分かってきました。

 

明石城関ヶ原の戦いの後、

平和になってから作られた城。

天守閣はもう必要なく最初から作られていないそうです。

 

 

 

 

 

明石城の石垣の上からは何が見える?

 

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正面左側にある坤櫓(ひつじさるやぐら)の方から、

左手から城山を登りました。

 


 

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うおおお…すごくゴツい石垣の反り!

 

 

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櫓のある位置まで登ってきました。

 

この日、梅雨明けしたばかりの日。

 

太陽がギラギラ。

暑い。

 

ここまで登ってきたら汗ダラダラでした😅

 

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東側。

写真中央をよく見てください。

 

明石海峡大橋が見える〜!

 

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先程の坤櫓。

 

全国に12基しかない、

現存する3重の櫓です。

 

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眼下に明石市街地。

石垣の窪みがあったので撮ってみました。

 

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柵の向こうに二の丸があったそうです。

 

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坤櫓と反対側にある、

 

巽櫓(たつみやぐら)。

 

こちらも現存する三重の櫓です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

坤櫓の内部に入れる?

 

しかし2つの櫓を外から見て、

 

「もうやる事はないかな。

さあ駅の方に降りよう」

 

とすると、お城の職員さんが下から登ってきました。

 

「今から坤櫓開けますよ〜。

中見れますよ〜!」

 

坤櫓の内部、12〜13時の間だけ公開してるらしいです。

訪れた時間がとてもラッキー✌️✌️でした!

 

 

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職員さんが坤櫓を開けてくれてる所。

 

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「すぐ開けるんで、少しの間、

木陰に入ってて待っててくださいね〜」

 

ひなたは暑かったので優しいお言葉。

その間に坤櫓横の鉄砲狭間を撮影しました。

  

写真撮れませんでしたが、

(撮影OKだったかもしれないけど、

他の人が撮ってなかったら空気的に撮れませんよね〜😅)

内部は、

 

現存する江戸時代のもの。

 

古い木の質感がとても良かったです。

一階天井にとても太いそのまま木の柱がありました。

明石の町の成り立ちを書いたパネルや、

明石城に昔乗っていた古い屋根瓦も。

 

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坤櫓内部から見た巽櫓と、

石垣の反り。

とても良い〜!

 

 

 

 

 

明石の町の成り立ちは?

 

さらに内部には江戸時代の明石の町の模型などがあり、

先程の職員さん(大豊さんという方でした。

お話がとても上手)が、

江戸時代の明石の町の成り立ちを教えてくれました。

 

江戸時代、関ヶ原の戦いの後(だったと思います)。

徳川家康は「島津や毛利など、

西国の大大名を抑えるために姫路城を作った。

しかし、

 

姫路と大阪の間に、

あと2つ位大きな城を作っておかないと、

安心できないぞ」

 

と考えた事により明石と尼崎の二ヶ所に城が作られたそうです。

先程の写真の通り、

 

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櫓の位置からバッチリ瀬戸内海が見えます。

昔は高い建物がもっと少なかったでしょうし、

この位置から瀬戸内海を通る船を監視できたと思います。

ちなみにこの櫓、海抜20mの位置にあるそうです。

高い石垣から西国街道山陽道)も監視できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山陽本線が今の位置を通ってる理由は?

 

さらに明石市内、今の位置にJR山陽本線が通ってる理由も、

説明して下さいました。

 

江戸時代から明治時代になり、

武士がいなくなった。

 

誰も住んでない武家屋敷がたくさんできた。

 

なので、

 

「これは鉄道を通す土地として好都合!🔥」

 

という感じで武家屋敷の跡に鉄道が通ったそうです。

しかし武士がいなくなった理由がなんだったか忘れた…😅

 

www.akashijo.jp

 

なので明石城のHP見てみました。

「明治になって明石城が廃城になった」位しか書いてませんね〜😅

 

 

 

 

 

宮本武蔵が明石の町を設計した?

 

この明石の町割り、宮本武蔵が設計したらしいです。

 

「武蔵と明石はどう関係があるの?」

 

と思いますよね。

僕の推測ですけど、

武蔵は兵庫県寄りの岡山県北部の村の出身。

姫路から近く、姫路の本多忠政と明石の小笠原忠政は、

義理の父と娘婿という関係で仲が良かった。

その本多忠政に紹介してもらったのでは?

という雑な考えですが。

 

 

 

 

 

坤櫓の2〜3階も見れる?

 

あと、この坤櫓の内部、1階しか見れなかったんですが、

築城400周年のイベントとして、

土日に2階〜3階も特別公開するそうです。

先程の職員さんが言ってました。

興味のある方は土日の12〜13時を狙ってみてください。

 

ただ朝10時から入場整理券を配るらしいですが、

あっという間に無くなるらしいです😅

 

頑張って整理券GETしてください(笑)

 

 

 

 

明石城を出た後は?

 

と文字情報ばかりになりましたが、

 

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帰りは明石駅から見て右側、

巽櫓の方から石垣の下に降りました。

 

暑くて疲れました😅

 

前日の睡眠時間も少なかったので、

涼しいカフェでコーヒーを飲む事にしました。

 

 

このコーヒーシェイク、

今でも「飲めば良かった…」と思っています😅

折角の旅なんだしコーヒーと両方飲めば良かった(笑)

 

その後すぐに明石駅から新快速に乗りました。

大阪方面へ。

 

 

天気がとても良く、

前日の雨の多い天気がなくなって清々しかったです。

 

 

 

 

 

まとめ

 

明石城の敷地は姫路城より広い。

 

海抜20mの石垣の上には、

現存する3重の櫓坤櫓巽櫓があります。

 

瀬戸内海と明石海峡大橋が一望でき、

昔は瀬戸内海と西国街道を監視する役目を持っていた。

 

12〜13時の間で坤櫓の内部を見学できます。

 

土日は2・3階も(整理券奪取必須)。

 

そして明石城西国の大大名を抑えるために、

大阪と姫路の間に尼崎城と共に建てられ、

 

宮本武蔵が町割りを設計。

 

明治の廃城令武士がいなくなった後、

JR山陽本線が敷かれた。

 

 まとめるとこんな感じでしょうか。

 

前の記事にも書きましたが、

 

明石は神戸と姫路の間にある街。

 

どちらからも電車で30分位で行けます。

 

神戸・姫路に行ったついでに、

明石に寄ってみては?

 

姫路城を登った後、

明石城に登るのは、

しんどいかもしれませんが…(笑)

 

でも、そのコース、オススメです。

 

 

 

 

 

 

姫路城については、この記事を。

 

 

tatsuyakawakami.hatenablog.com

 

次は堺の仁徳天皇陵に行った記事を書きます。

それでは今日はこの辺で!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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