カワタツブログ

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家臣がひたすら暴走して困る義久!連戦連勝は運が良かっただけ?新名一仁「島津四兄弟の九州統一戦」とは?

 

 

 

 

 

 

 

ブルーライトカットのメガネをかけて免許の更新に行くと?

 

こんにちは。

また余談から入るんですが、先日免許の更新に行ってきました。

更新時に写真を撮りますよね?

その時、職員の方が、

 

「すいません、

照明が反射するのでメガネを取ってください」

 

と。

正直「は?」となりましたが、メガネを撮って撮影することに。

で、何でこんなことになったのか後でよく考えたところ、

先日メガネを新調して、

 

ブルーライトカットのレンズ

 

にしたんですね。

このレンズ、

 

見る光をやたら青く優しい色にしてくれる

 

効果があるんですが、強い照明が当たると反射?しちゃうんですかね?

よくわかりませんが、

 

ブルーライトカットのメガネをしてる人は、

写真を撮る時注意!

 

と警告だけしておきましょう。

メガネをいつもしてる人間には、裸眼で写真を撮るのは、

女子がすっぴんで写真を撮るのに等しいかもしれませんので…?(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 では本題にいきましょう。

 

「島津四兄弟の九州統一戦」はどんな本?

 

こういう本を読みました。

 

 

 

 

 

 

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新名一仁さんの「島津四兄弟の九州統一戦」。

 

「島津」って聞くとワクワクする戦国時代好きは多いんじゃないですかね?

僕もそういう感じでこの本を手に取った感じですが、

 

帯は「センゴク」って漫画を書いてる宮下英樹さんの絵。

この本はその漫画を壮大にネタバレしてるようで、

これから見ようという人は注意!(笑)

 

島津家といえば、大河ドラマ「西郷どん」で出てきますし、

何か参考になるかも?

斉彬さんたちはこの四兄弟の末裔ということになりますしね。

 

 

tatsuyakawakami.hatenablog.com

 

 

では、読んで気になった所を挙げていきたいと思います。

 この記事は以前読んだphaさんの「知の整理術」を参考に、

読書メモを取って、それを文にして書き上げました。

 

 

tatsuyakawakami.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四兄弟の島津家は島津本家ではない?

 

まずこの本は、

 

島津四兄弟の家は元々本家ではなく相州家、

四兄弟の祖父忠良と父貴久の代で、

本家奥州家から本家の座を奪った。

 

所から始まっています。

そういえば「信長の野望天翔記」の1534年シナリオでは、

島津は赤と緑の2家があったのを思い出しました。

島津も長い歴史で見れば鎌倉時代から続いている家ではあるものの、

斎藤道三みたいな下剋上もあったんですね。

 

 

 

 

大友宗麟や大友氏にも詳しく触れられている?

 

あと、島津だけでなく大友宗麟にも触れられてるのが熱いです。

九州の他の大名の情勢も触れた方がわかりやすいのですが、

大友や龍造寺などにも触れられてて、

戦国時代ファンには一石三鳥くらいの気がします(笑)

 

 

 

 

大友氏は島津にボコボコにされた?

 

大友氏に関しては、

肥後の菊池氏を継がせた大友義鑑の弟・義武が反乱を起こしたり、

高城・耳川合戦の大敗で大友氏は重臣が反乱を起こしたりして内部崩壊。

さらにこの大敗の波紋が九州各地に広がり、

肥前・肥後などの九州各地域の国衆が島津氏になびき始めた。

などなど、島津のお陰で悲惨な目に遭ってますね。かわいそう😅

 

 

 

 

 

「肝付」と聞いて思い出したこと

 

あと、大隈の大名、肝付氏(きもつけし)で思い出したことがあるんですが、

子供の頃島津で信長の野望をやる時、まず最初に攻めるのが肝付氏なんですよね。

で、

 

「きりーつ、きもつけ、礼!」

 

とかふざけて言ってたのを思い出しました。

ああ、今文字にするとしょうもない(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この本の気になった所は?

 

後は気になったことを箇条書きでひたすら並べていきますね。

 

・日向に進出するまでが意外と早い。

 

・肥後を攻める時から家臣が無茶し出し、

さらに肥後攻めで義弘が消極的だったのは意外。

義弘ってガンガン攻めるタイプかと勝手に思ってましたので。

 

・ 龍造寺が臣従したことによる大友への対応が、

鹿児島の義久と、義弘や老中とで違う。

 

・ 秋月種実はもっと強い勢力を持ってさえいれば、

大大名になれる実力を持った人物だったんでしょうか?

 

 

 

 

 

家臣が義久の言うことを聞かない?戦国時代もある薩摩人の気性とは?

 

 義久が弟の義弘に次の家督を約束したのは、

家臣がみんな勝手に攻めたり言うことを聞かなかったからでしょうか?

 また上井覚兼(うわいさとかね)の若衆中が暴走したのは、

西南戦争での薩摩人の暴走を彷彿とさせますね。

 

 「太守義久が降伏しても、

家中全体の降伏とはならないのが島津らしいところ」

 

という言葉があって「西郷どん」でもいずれ描かれるでしょう、

薩摩人の猪突猛進さが、戦国時代の島津家からあったことを伺えます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊臣政権に服した後の四兄弟の行く末が悲しい

 

しかし、島津が豊臣政権に組み入れられた後、

歳久が切腹、家久が病死(羽柴秀長による毒殺?)して死に、

義久と義弘も豊臣政権での島津家のあり方を巡って対立してしまうのが悲しいですね。

歳久は最後まで秀吉に抵抗して怒りを買い、

家久は病気を押して秀長に会いに行ったとも、

家久の武勇を恐れた秀長に毒を盛られたとも。

 

 

 

 

島津の連勝は運が良かったから?

 

また、島津家は高城・耳川、沖田畷、戸次川など、

連戦連勝だった様に見えますが、

実は大半は敵のミスなどによって運良く得た勝利だったそうです。

「運も実力のうち」ともいいますが、

島津家は相当運が良かったということになりますか。

 

 

 

 

 

 

まとめ

 

さて、ここでここまでの内容をまとめてみますね。

 

  1. 四兄弟の島津家は元々本家ではなく「相州家」で本家から家督を奪った
  2. 島津はひたすら大友氏をボコったけど、運が良かっただけかも
  3. 猪突猛進な薩摩人の気性は戦国時代からあり、家臣が言う事を聞かなくて義久は困った
  4. 四兄弟の行く末が寂しい

 

こんな風にまとまりました。

上手くこの本の面白いところを伝えられたでしょうか?

 

 

 

 

島津四兄弟の九州統一戦 (星海社新書)

島津四兄弟の九州統一戦 (星海社新書)

 

 

 

 

 

僕は読んだ本は大抵すぐ売っちゃうんですが、

(すぐ売れば買った金額の半分くらい取り返せる)

こういう歴史の本はまた2回目を読んで、

新しい発見があったりするので、

売らずに取っておこうと思います。

 

応仁の乱」や「観応の擾乱」もいずれ読み返したいですね。

 

 

tatsuyakawakami.hatenablog.com

 

 

tatsuyakawakami.hatenablog.com

 

 

こういう本を読むと島津家で信長の野望をやりたくなります。

ただ、島津は領地も家臣も最初から多いから面倒なんですけどね…(笑)

 

それでは、長くなってしまいましたが、

今日も読んでくれてありがとうございます!